市来まひろという女優の演技力とエロさ、左慈半造という男優の演技力とゲスさ、寺橋春斗という男優の演技力とプラトニックさ、ここに、朝霧浄監督のドラマ作成センスが加わり、作品としては、かなり”らしさ”が演出されてます。
この作品が寝取り側と寝取られ側とのタイマンならば、OPとEDの展開は、肉体や性欲だけでなく”心の置き所”も良い位置で終わるのですが…
ところが、途中での”バンドメンバーという第三者の参戦”が大きく作用し、通して観た際のまひろの”心の置き所”が、この展開では微妙な位置で終わる感じですね。
流れは、良く出来ていて、安らぐ彼氏と刺激過剰な先輩とで揺れ動く心と激しい性欲享受の雰囲気が”恋愛経験”としてのリアルさを存分に出している。
まひろと先輩との寝取りなだけなら、まひろが抱いていた憧れと先輩の女性観での幻滅さで、心の天秤がゆるゆると傾き、ラストに行き着き、およそ女に固執しなそうな先輩が小細工をするオチで納得出来る速度なんですが…
第三者の参戦の為に、まひろの心の天秤が傾く速度が早まり、まひろが彼氏に迫ったシーンの前で、まひろが”性処理係”と悟っている域になっており、ラストでのまひろの諦めと小細工をする先輩の”心の置き所”に疑問が湧きました。
彼氏のプラトニック宣言に、まひろは心の天秤を傾きかけたままで、ラストで先輩に幻滅するが先輩の小細工で続けそうだが、”好き”の真意を悟り、バレる前に止めて彼氏に戻るか、先輩にどっぷりになるか、視聴者の妄想に委ねる余地(まひろが先輩と決別するか否かの決断するポイント)があるのですが、第三者の参戦で、まひろが決断するポイントが彼氏に迫るシーン前に迎えてしまい、ラストが蛇足的になり、先輩の小細工も”不要では?”というまひろの堕ちな上に、先輩の女への固執の軽さとの違和感も生じてます。
このEDありきの制作依頼だったとしたら、第三者は出さず、ゆるゆるとした関係性で進めるのが良かったように思えてなりません。
もし、第三者を出しEDの展開をまひろが彼氏に迫るシーン前にし、彼氏に迫り強引に関係を結び、先輩との関係は消滅させて終われば、まひろの恋愛経験と性経験と”好き”の真意を表現出来て、表と裏の恋愛事情の描写な”傑作”だったかもしれません。
TA-KUMA
2021-03-26